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「クジラ石」 |
山梨県立身延高等学校 一年 遠藤 芙美香 |
「クジラ石にタッチ」 そう言っては、水深約二メートルの川底に、ゆったりと横たわる大きな石にむかってもぐりはじめる。それが、小さな頃の夏の川遊びの定番だった。長さ三メートルくらいはあったであろう、その黒い石を水面下に最初に見つけた時には、あまりの存在感に、一瞬身ぶるいするほどであった。しかし、何度かもぐるうちに、まるで、この川の下で静かに私たちを見守る主のようなものに感じられるようになってきたのだ。美しく透き通る川の底で、そっと何年も何十年も私たちのように川遊びを楽しむ子どもたちを見守っていてくれたのではないだろうか。
キャンプ場にもなっているこの川は、今も夏になると多くの人たちでにぎわっている。こんなふうに、安心してもぐれる川は今、そうあるとは思えない。緑に囲まれ、空気は澄み、本当に自然豊かな私の町。
よく「いなかで何もないところ」というひと言で自分の町を表現することがあるが、私はこの『何もない』ところが大好きだ。深い緑の山。美しい川。野鳥の声。そして、そこに暮らす心の温かい人々。これらは私が生まれてから今まで、ずっと変わらずに『あるもの』ばかりだ。つまり、私の町には、安心して心豊かに暮らすためにかかせない、かけがえのない美しいものがあふれていて、必要以上に、人の手が加えられているようなものが『ない』ということなのだ。よく、町の活性化という言葉を耳にするが、この町に、今あるものを大切に守り続けていくことが、将来、町を豊かにする何よりの方法ではないだろうか。
今日も、あのクジラ石は川の底で、じっと私たちの暮らしを見つめているに違いない。その暮らしぶりが正しくても、そして間違っていても、静かに、あの澄んだ川の底で、どっしりといつまでも見守り続けている。 |
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題名の「クジラ石」という言葉が最初と最後に効果的に使われていて、構成のうまさを感じました。
いろいろなものがすぐに変わっていく時代の中で、ずっと変わらないものがあることの大切さが伝わってきます。
「緑に囲まれ、空気は澄み、本当に自然豊かな私の町」とあっさり書かれていますが、もう少し自然の描写が具体的になると、このエッセイの魅力が増すと思います。また、「今あるものを大切に守り続けていくことが、将来、町を豊かにする何よりの方法ではないだろうか」という部分がやや型にはまった感じがするのが残念です。 |
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