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「障害者の心」 |
つくば開成高等学校 三年 青山 聡宏 |
僕には生まれつき筋肉の病気があり、小学生の高学年の時から車椅子の生活をしている。外出するときには両親か兄弟の誰かが必ず付き添ってくれている。車椅子での生活になった今でも、幼少の頃のように一人で自由に出かけたい。
しかし、現在のバリアフリーでは自由に出かけることができない。理由は二つある。
一つは、現在のバリアフリーの設備は、介助者がいて初めて十分に機能するものだからだ。例えば、急すぎて、車椅子の人が一人で上るのが難しいスロープ。ちょっとした段差がまだまだ多い歩行者用道路。障害者が一人で使用することを念頭において造られていない。
二つ目は、一つ目でも触れたことだが、現在のバリアフリーでは周りの人に協力してもらうことが多すぎて、たとえ一人で外出したとしても、一人で「自由に」出かけているという「解放感」を得ることが難しいからだ。
例えば、ノンステップバス。車椅子の人も乗車できる工夫がなされているが、大勢の方々に協力してもらい、時間を割いてもらい、バスに乗る。有難いと感謝すると同時に、相当気疲れする。体格のいいほうの僕は、「大変だなあ」とか「イヤなのではないか」とか余計なことを考えてしまう。お願いする側は、気持ちの問題と簡単に片付けられない。頼みたい気持ちを飲み込むこともある。
歩けなくなるまでは障害者に関心がなかった僕だが、バリアフリーの設備を開発する方や健常者の方には関心を持ってもらいたい。障害者の悩みや苦労が、どんなものなのかということに。障害者の目線を持てば、使う側に立ったバリアフリーの設備・社会が整っていく。
障害者の側に立つ僕は、障害者が情報交換したり、相談したり、行政に働きかけたりする集まりを今まで以上に活性化させ、増やしていきたい。様々な、立場の人たちと交流し、障害者の悩み、苦しみはもちろん、楽しみや希望など「障害者の心」を伝えていきたい。 |
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車椅子生活をしている当事者ならではの視点で素直に書かれており、説得力があります。居丈高でもなく、卑屈でもなく、冷静に書かれている点が説得力を高めるのに役立っています。
そして、「頼みたい気持ちを飲み込むこともある」と、作者の気持ちがリアルに伝わってくることも好感が持てます。ノンステップバスなどのバリアフリーの設備が増えていたり、法律の整備も進んでいますが、形を作っただけでは十分で無いことを教えられたエッセイです。 |
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