#31 障害のある幼児の保護者支援?支援者支援
子育ての実践者を支えることで
障害のある子どもたちの発達も
支えていく。

教育?心理学部 心理学科
堀 美和子 准教授
堀 美和子准教授の研究分野は、発達臨床心理学、臨床心理学、障害児心理学。学生の頃から心理学部の中で障害児支援について学び、研究を深めてきました。現在も臨床心理士?公認心理師として活動する堀先生に、障害のある幼児の保護者支援?支援者支援について話を聞きました。
社会課題
発達障害の子どもを早期発見し、対応していく必要性。
小中高校生を対象とした「通級による指導実施状況調査」によると、注意欠如?多動症、限局性学習症、自閉スペクトラム症、情緒障害、弱視、難聴、肢体不自由及び病弱?身体虚弱、言語障害といった障害をもち、指導を必要とする子どもたちは年々増えています(※)。
学習指導要領では、個別に応じた指導が必要だと言われています。とくに、障害のある幼児の指導にあたっては、集団の中で生活することを通して全体的な発達を促していくことに配慮し、個々の幼児の障害の状態などに応じた指導内容や指導方法の工夫を計画的、組織的に行うことが必要だとされています。しかし、保護者のなかには、「わが子が障害があることを受容することが難しい」こともあり、保護者も子どもも苦しむケースもあります。そうしたケースをできるだけ少なくするために、障害のある子どもを早期に発見し、早期に必要な支援へとつなぐことが重要です。また、障害のある子どもの保護者はもちろん、子どもに関わる保育園?幼稚園の職員に対しても、適切なサポートをすることが求められています。
※令和4年度 通級による指導実施状況調査結果について
https://www.mext.go.jp/content/20241107-mxt_tokubetu02-000037897_1.pdf
参考資料内の表記は旧名称です。
(旧)注意欠陥多動性障害→(新)注意欠如?多動症(ADHD)
(旧)学習障害→(新)限局性学習症(SLD)
(旧式)自閉症→(新)自閉スペクトラム症(ASD)
INTERVIEW
発達障害の周辺にいる子どもたちを対象に。
先生はいつ頃から、発達障害のある子どもをめぐる研究に携わってこられたのですか。
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堀
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大学の教育心理学科で、知的な遅れのある自閉症の子や、重度?重複障害のある子どもたちの支援について勉強を始めました。大学院に進んでからも、障害児の専門の先生に教えていただく機会が多く、臨床の現場で実践を重ねていきました。そうしたなかで、発達障害の枠組みには入らないけれども発達のサポートが必要なお子さん、3歳児健診では特に指摘を受けなかったにもかかわらず、園や学校での適応が難しいといったお子さんがいることを知り、それが今日の研究につながっています。やはり年齢が低い段階での支援によって、保護者や支援者の方の理解や関わり方が変わり、その後の子どもの発達への影響も大きくなると考えています。

発達障害とはそもそも、どんな障害なのでしょうか。
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堀
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発達障害は脳の機能障害と考えられていますが、その原因はまだわかっていません。発達障害は外見からはわかりにくく、症状も多岐にわたります。また近年は、発達が気になる子どもに対して早期療育(発達支援)を行うことが増えています。早い時期から、子どもや家族が安心して適応的な生活ができるような取り組みが進められているのです。
わが子の障害を受け入れることの難しさ。
発達障害のある子どもをもつ親御さんは、どんな課題を抱えているのでしょうか。
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堀
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発達障害のある子どもをもつ親御さんは、お子さんの発達の特性に気づいても、すぐに発達障害と結びつけて考えるわけではありません。発達障害は目に見えにくく、成長の仕方も一人ひとり異なります。発達障害の可能性について考えられることがあったとしても、すぐには受け止めきれない方も多いのではないでしょうか。
発達障害は、生まれつきの脳の発達の特性によるものであり、一人ひとりの特性に応じた関わり方が求められます。しかし、その特性の表れ方は多様であり、環境によっても変化するため、親御さんが戸惑うこともあります。特に診断を受けた直後は、「適切な支援を受ければ普通に育つのではないか」「努力すれば追いつけるのではないか」と期待する一方で、思い通りにいかない現実に直面し、受け入れることに葛藤を抱えることもあります。また、「自分の育て方が悪かったのではないか」と自責の念を持つ親御さんもいらっしゃいます。
障害を受容するには、かなり時間がかかるというわけですね。
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堀
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そう思います。大切なわが子を思う親にとって、子どもの障害を受け入れるのは、周囲の人が思うほど容易なことではありません。また、障害受容という言葉は慎重に使わないといけないと思います。障害があることを受け止めていても、どこかに心の葛藤を抱える場合も多くありますから、親御さんに対してより丁寧な支援が必要だと考えています。そうした悩みを否定せずに聞いてもらえる場所やわかり合える仲間がいるといいですし、何かあったときにSOSを出せる環境をつくっておくことも重要です。

保護者と保育の支援者のすれ違いを埋めるために。
では、障害のある子どもの支援者は、どんな課題を抱えているのでしょうか。
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堀
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たとえば保育園や幼稚園の先生にとって、発達障害の子どもは自分の予測と違う動きをするために戸惑うことが多いようです。経験の浅い若い先生で真面目な人ほど、「自分がうまくできないからいけないんだ」と自分を責めてしまったり、叱りたくないのに注意しなくちゃいけない状況に疲弊してしまう傾向があります。ただし、ここ10年ほどの間に、障害のある子どもに対する理解はかなり広がってきて、先生方も以前よりスムーズに対応できるようになってきたと思います。

一生懸命に指導しようとするほどストレスを感じてしまうというわけですね。
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堀
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そうですね。もう一つ、保護者との関わり方で悩む先生もいらっしゃいます。たとえば、園の先生は、子どもが何らかの支援が必要だと気づくと、早く支援に結びつけてほしいと考え、「今日、こんなことがあったんですよ」などと情報提供します。でも、親御さんはわが子に問題があると言われているように感じてしまうこともあります。そのため、先生から報告を受ければ受けるほど、その言葉に傷ついて、先生と会話せずにさっと帰ってしまったりする。そういうコミュニケーションのすれ違いが起こる場合もあり、そうすると、先生としては、どのように親御さんと関わっていけばいいのか悩んでしまうわけです。
なるほど、子どもにも保護者にも関わる先生の負担は大きそうです。
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堀
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そうですね。しかも、支援に関わる先生の人手は圧倒的に不足しているのが現状です。とくに乳幼児期は、診断を受けていないけれど支援の必要な子どもが多いんですね。小さい頃は特性が前面に出るし、言い聞かせてわかるわけではないので、人手が入ります。その人手を確保できないと、先生方も余裕がなくなってしまいます。私は臨床心理士として先生方から相談されることもよくありますが、私のところに相談に来るときにはかなり問題がこじれてしまったケースも多く見かけます。
子育て支援と発達支援の区切りのない施策を。
親御さんや先生方を支援するために、行政の取り組みは何かありますか。
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堀
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早期のお母さん支援には保健師さんもかかわっています。市町村の規模にもよりますが、保健師さんが健診のときにお母さんに声をかけたり、保育園を訪問して子どもたちの様子を見守るような取り組みが行われています。それは発達の心配という目的だけでなく、子育て支援全般に対しての取り組みですが、そういうなかで、発達支援の必要な子どもに気づいて、必要な支援につないでいく。お母さんが一人で悩まないように支えているわけです。

行政の支援の課題はどんなところにあるとお考えですか。
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堀
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今、お話しした保健師さんの取り組みは子育て支援の中ですが、子育て支援と発達支援の、区切りのない施策をどう立てていくのかというのが課題だと思います。子育て支援と発達支援をつなげて、必要な人が必要なところで支援を得られる環境づくりが必要です。地域のなかで、発達障害の子どもと家族が、自分らしく生きられるように、地域のコミュニティのフォローもあるといいと思います。
今後ますます公的な支援が充実していくことが望まれますね。
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堀
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そうですね。ただ、行政や社会のシステムだけでは、発達障害の子どもや家族を100%救うことは無理だと思っています。全部の解決を求めるというよりも、子どもの発達障害に気づいたり、サポートできたりする人を増やすなど、子育てや発達支援に関わるリソースがいろいろ増えていくといいと思います。
最後に、今後の活動の抱負についてお聞かせください。
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堀
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私の活動は、臨床心理士としての活動、教育、研究の3本柱になります。それらのベースにあるのは臨床現場で、そこで得た問題意識を教育や研究に展開しています。今後もこのスタンスを変えずに、発達障害の子どもをもつ保護者や支援者のサポートに関わっていこうと思います。そして、今後、支援者になろうという学生たちには、こうした社会の課題や解決への道筋についてしっかり伝えていきたいと考えています。
大府市発達支援センターおひさまのチャレンジ
大府市発達支援センターおひさまは、1975年に開設された大府学園を前身とし、2005年4月1日より社会福祉法人愛光園が指定管理を受託して運営。心身の発達につまずきのある乳幼児と保護者に対し、一人ひとりに寄り添った支援を行っています。
不安を抱えた保護者が
子育ての成功体験を重ね、
自信を取り戻すまで支援する。
大府市発達支援センターおひさま
愛知県大府市江端町6丁目19

発達につまずきのあるわが子とより良い関係を築けるように。
大府市発達支援センターおひさまが対象とするのは、ことばの遅れ、発達遅滞など療育を必要としている0歳?6歳の子ども。子どもだけで通う「単独クラス」と親子で通う「親子クラス」を設け、子どもたちが自分らしく生活できる力をつけるよう療育すると同時に、家族が主体的に子育てできるよう支援しています。
「親子クラス」で、職員がとくに心がけているのは黒子に徹すること。保護者は子どもの付き添いではなく、保護者自身も主役であると考え、それぞれの個性や価値観を尊重した支援を行っています。たとえば、すぐに部屋を出て行ってしまう子どものケースでは、なぜそういう行動に出るのかという原因を保護者と一緒に探っていきます。原因がわかれば、共感の声かけができるようになり、子どもは「お母さん(お父さん)が自分の気持ちをわかってくれる」と安心し、次第に落ち着いていきます。同時に、保護者も子どもとの関わり方を実感として学び、成功体験を重ねることによって、子育ての自信をつけていくことができます。
また、それまで自宅で子どもと二人きりだった保護者にとって、おひさまは仲間を得る場所でもあります。相談できる職員や保護者の仲間を得て、むずかしい子育てを乗り越えていく力を養っています。
発達につまずきのある子どもと保護者を支える地域の中核拠点をめざして。
おひさまではこのほか、週に1回だけ通園する「早期療育事業」にも力を注いでいます。ここでは健康診断や保育所などで、子どもの発達のつまずきを指摘されてまもない時期の親子が対象になります。『気付きの段階』です。中には「わが子の発達に遅れがあるなんて信じられない、受け止められない」---と、まだ不安定な状態にあり葛藤を抱えている保護者もいます。思いをしっかり受けとめ、その心に寄り添いながら、親子のより良い関係づくりを支援しています。早期療育は障害福祉サービス受給者証(※)を取得しなくても利用できることから、子どもの発達のつまずきに気づいて最初に相談できる入り口として、重要な役割を果たしています。
おひさまの今後のビジョンは、心身の発達につまずきのある乳幼児と保護者を支える中核拠点として、地域の子育てを幅広く支援していくことです。すでに保育所や幼稚園などを訪問支援する事業を行っていますが、その活動をさらに広げ、さまざまなところに出向いて、発達につまずきのある子どもに関わっている人たちを支援する取り組みも展開していく方針です。また、療育保障と就労保障の両立も大きな課題の一つ。保育所と連携して長時間子どもを預かる体制をつくるなど、療育ニーズを満たしつつ、発達につまずきのある子どもをもつ保護者が仕事と子育てを両立できるような環境づくりにも貢献していきたいと考えています。

※障害福祉サービス受給者証は、児童福祉法に基づいて運営している事業所の福祉サービスを受けるために必要な証明書です。
- 教育?心理学部 心理学科
- 医療